また描いちゃいました
見てくださるとうれしいです
もうひとつ よりみちの名誉のために
ありがとうございました
わたしは相手がどこまでを望んでいるかを憶測することが苦手だ
「どうぞ お先に好きな物を取っていって」と言われたら、本当に真っ先に自分から好きな物を取っていく
本来なら、「いえいえ」とか「あなたが先に取って」とか言わなくちゃいけないんだろうけど
小さい頃よく入っていたカゴに無理やり収まるよりみち
8月までは、2匹で入れていた
頂き物でも悩む
いつも野菜を持ってきてくださる方がいて、お礼をすると怒る
「そんなことしたら、次から何にもあげられない」
そんなものかと思えば、
「いろいろあげたのに、なーんにもお返しがないのよ」
なんていう人もいる
ラグを出した さっそくお昼寝 大きくなった
4ヶ月前のみちくさ
忖度まではいかないけど、どうしたら正解なのかわからず困ってしまう
先日お邪魔したご夫婦のお家で、帰り際
「これ持っていって」
と漬物だったり、果物だったりいろいろと出してくる
遠慮していると、
「あらそう?」としまい始めた
ご主人が
「一度あげるといった物をしまうんじゃない」とたしなめると、
「ごめんなさい」と包みはじめた
どうしたものか困ってしまったが、結局いただいた
なんだかそういうやりとりが非常に苦手で、面倒だ
どうぞと言っているんだからただ貰えばいいのに、何かお返しを考えた方がいいのか、悩んでしまう
「面倒だからいらないです」ともいえないし
元気です
お酒の場でも、あちこちお酌しなくちゃいけない場面もあるのに、わたしは座ったきりでのんびり食べていたりする
気遣いというか気づきというか気が回らないというか そういうのが、苦手
子どもの頃、母がよくご近所の悪口や親族の悪口を言うのを聞かされていたが、悪口を言っていた当人を前にしたら全然言っていたことを違って楽しげな態度をしていて、あれれ??って不思議に思ったものだ
大人になって、人には建前というものがあるんだと知ったけど、未だ馴染めない
そういう常識ができない自分が情けない
新型コロナウィルスが蔓延し、世界中が困ったことになっている
コロナが流行り始めた頃、仕事を辞めたわたし
わたし自身はもう仕事をする気がなく、清貧をモットーに生活をしている
世の中はウィルスによる不況で、いろんな支援策が実施されるようになり、わたしもその恩恵を受けている
雇用に関しては、ハローワークから失業給付金が60日間延長で支給されることになった
これまで自己都合の退職だったので、3ヶ月間の給付だった
それが、5ヶ月間もいただける
ラッキー うれしい
もちろん求職活動をしなければならず、就職する努力をすることが前提での支給になる
また介護業界にいたので県から慰労金が給付された
3月までしか仕事していないが、規定により該当するそうだ
ありがたい
ひさびさに元職場に顔を出した
元職場に行っても苦しくなく、うれしかった
(滞在時間30分もなかったけど)
現金給付でした
1月に安倍さんから10万円ももらったし、なんやかやで結構な額のお金を何もせずにいただいている
ありがたいばかりだ
今は消費するだけの毎日なので浪費をしないよう、必要なことだけにお金を使うように努力している
いただいたお金は全て貯金だ
これからの生活資金として利用させていただく
その中からちまちまと小銭を集めて、遊びに行こう
わたしってほんとに貧乏性
実家の不用品を全部捨てようと思っていたわたし
引っ越して行った友人から、「もったいないからメルカリで売ったら?」と提案され、実家の空気を入れ替えに行くたびに物色している
先日も実家に行った際に、価値がよくわからないまま持ち帰った食器類を昨日メルカリに出品した
すると、アップした5分もたたず「いいね」や質問が相次ぎ、あっという間に数点売れてしまった
びっくりした
日曜日だったのがよかったのかな?
閲覧している人が多かったのかも
安く設定しすぎたかな(よくばり)
君島一郎モノはよく売れる
今日は朝から梱包して、郵便局で発送してきた
発送もメルカリ便なら簡単で、お金もいらない(販売価格から天引きされるから)
スマホに発行されたQRコードでピッてやれば配送シールが出てくる
お互い匿名でやり取りするので安心
便利な世の中ですこと
配送シール控えと確認票
メルカリが成長したのもこの手軽さなんだろう
傾向はなんとなくわかってきた
ブランドもの、アンティークもの、シンプルな誰でも使えそうなもの、最近流行っているもの、季節手前の季節品が売れ筋だ
それとあまり高い値段設定をしない 片付けるのが目的だから
もう少し寒くなったら、漆塗りのお椀や、お重を出してみよう
片付けが面倒で仕方ないが、お宝探しと思ってがんばろう(ほんとのお宝なんてない家だけど)
実家にあったブランドものは、自分たちが購入したのではなく、たぶん引き出物とかプレゼントで貰ったもの
普段使っていたものはどこにでもある量産品ばかりだった
わたしがメルカリに出品しているのは見たこともないもので、実家のリビングボードなどに収まっていた
使えばいいのに使うこともなく、埃をかぶっていた
両親の貧乏性がうかがえる わたしもその血筋を受け継いでるけど
現在の売り上げはまだ1万円弱、売上金で自分の欲しいものをメルカリで購入しても楽しいかも せめてものご褒美だ
ボランティアに行っている緑地で、今月お祭りがある
フェスタと呼んでいる
緑地に住む動植物たちの展示やワークショップ、即売会を予定している
わたしは植物班として参加する
竹の花器を作って野草や幼木を盆栽風にあしらって販売する
先週切り出した竹を、のこぎりで切っていく
ギコギコ、どんどん輪切りにしていくのは気持ちよい
高台(脚の部分)を作るのはちょっと慎重に、丁寧な扱いが必要だ
高齢者が多い植物班の面々は、作業より休んでいる方が長い
膝の痛みや腰の痛みを訴えつつ、何かとお茶を飲みに行く
それでもなんだかんだいいつつも、30個以上花器を切り出した
細工をする半分くらいしか進んでいないのに、
「今日はここまでにしよう」と早々に片付け始める
開催まであと2週間しかないのに(日曜日しか集まらないので活動はあと1回のみ)
来週には完成に持っていかないといけないんじゃとつぶやくと、
「前日もあるよ 土曜日にやろう」
といたってのんびりとしている
きっとお尻に火がつくな・・
ちょっと覚悟したわたしだった
夏にもあったきのこ探しの勉強会
今回は秋 緑地でまたきのこちゃんと探す
夏は子どもたちが対象だったが、秋は対象が中学生以上ということで行ってみたら、ほとんど大人だった
夏の子ども対象の時は子守状態だったので、今回は専門的な話が聞けるかもしれないと期待して行った
おじさんおばさんたちが、図鑑や接眼レンズのカメラを持って楽しみにしている
ただ学習というよりは、きのこ狩りに来ている感が否めない
きのこちゃんの説明を聞く
きのこちゃんから採取のトレイを受け取ると、我先にと広場に行き探してはどんどん採取し始めた
きのこちゃんから「必要以上にきのこを採らないでください」とクレームが入る
おばちゃんたちは聞く耳持たずワーワー言いながら、夢中だ
子どもたちと変わらない
それでも楽しそうに、見つけるたびに「このキノコの名前はなんですか?」ときのこちゃんに聞きまくっている
そして、次のセリフは決まって「食べられますか?」
シロハツの仲間
秋といえばきのこのイメージがあるのは、食用のきのこが生えるのが秋に多いからだそうだ
しかし菌類の中でも食用キノコはほんのわずかな種類であること、森の奥深くにしか生息しないそうだ
「ここに生えているきのこはほとんど毒きのこです」
ときのこちゃんがいうと、
「なんのために生えているんだ 意味がない」
と1人のおじさんがキノコの人権を踏みにじるようなひどい発言
みんなも苦笑している
右の黒いきのこは珍しいきのこらしい 名前は忘れてしまった💧
今回のきのこは15種類
わずかな範囲でたくさん採取できた
おじさんおばさんたちも食べられないきのこばかりで残念そうだったが、きのこちゃんとツーショットの写真を撮ってもらい満足そうだった
お久しぶりのお仕事
国勢調査の締め切りが近づいている
「ちゃんと書きましたか〜?」とビラを撒いてきた
こちらから回収に行く予定のお家には、
「電話ください 取りに伺います」
とメモを入れ、全世帯にビラを撒いた
皆さんのおうちのポストにも入っていると思う
国勢調査の回収率はたいへん高く、 信頼のおける調査となっている
大正9年に始まったこの制度
最初は和やかな調査の感じがうかがえる
わたしもよく知らなかったけど、国の一番重要かつ基本的な統計調査で、外国人や住民票など関係なく、今ここに住んでいる人々の人口の把握や性別、生活の実態を知るための調査であり、防災など地域の行政施策のための資料としていろんな方面で幅広く利用されている
アメリカや中国などでも実施されている
だんだんと軍国主義の空気を感じる
戦時中も、配給の必要数や銃後の人口を把握するために実施されていた
沖縄県も占領下ながら独自で実施されていた
調査結果は今は総務省統計局のウェブサイトで閲覧できる
民間企業も調査のために多く利用されているらしい
わたしの担当した地域では、訪ねても不在の家がいくつかあり、全くお会いしていないので果たして回答してくれているどうか心配である
会えなかったりするとなんとなく怖い人間を思い浮かべてしまうが、今のところその後お会いできたり、電話をくださる方もいて、日本人結構真面目に生きている人多いなっていう印象に変わった
10月7日以降、回収実態について役所からの通知が来る
ドキドキで楽しみだ
みんな出してね〜❤️